「外から帰ってきたら手を洗いなさい」─子供の頃、よくお母さんにそう注意されていませんでしたか。わんぱくな子は、帰ってくるや否や、手を洗わずにランドセルを放り投げ、そのままテーブルの上にあるお菓子に手を伸ばす…。

いやはや、何とも見慣れた光景であります。

私たちの日常生活ではすっかりおなじみの習慣となっている、手洗い。医療用語では、『手指衛生』と呼ぶのですが、実はこの手洗い、医療・介護の現場では感染予防対策として最も行うべき重要なものであることとして知られています。今回は、この『手洗い』についてクローズアップしていきます。

 

 

『手洗い』って、一体なに?


 

こう聞かれると、ずばり皆さんは「石鹸で手を洗うこと」と答えるでしょう。

 

その通り、大正解です!何をふざけているのだと思ったかもしれませんが、少々お付き合いください。私たちは、日常的に『手を洗うことは大切である』ことを理解しています。

泥んこまみれになった手を見せられたら、大体の方々は「手を洗いなさい」と言うでしょう。では、なぜ『手洗いは重要である』と私たちは思っているのでしょうか。

幼い頃、両親からそう言われて育ってきたからというのもきちんとした理由ですが、もう少し根拠性のある理由を述べると、これは米国疾病管理予防センター(CDC)が1996年に公表した『病院における隔離予防のためのガイドライン』に起因します。

この中の一つに『標準予防策(スタンダード・プリコーション)』という項目があり、要は医療・介護の現場に従事する者として、感染を防ぐためにはどのような手段を徹底すべきなのか、その方法を重要なものから順に紹介しているのですが、そのトップバッターとして記されているのが『手指衛生』─つまり、『手洗い』なのです。

現在の医療現場では、この『標準予防策(スタンダード・プリコーション)』は常識となっており、この予防対策を行わずして感染を防ぐことはありえないとさえ言われています。

私たちが普段何気なく行っている手洗いには、実はそういった優れた意味が潜んでいたのです。

 

 

なぜ『手洗い』をする必要があるのか?

手洗いがなぜ必要なのか。汚くなった手を清潔に保つためでしょう。ご飯を作る前には、必ず手を洗います。何か作業をして手を汚した時などにも、手を洗います。何か『汚い』と感じ、それをキレイにしたいという衝動に駆られた時、人は手を洗います。

これが、一般的な『手洗い』の動機です。では、医療・介護の現場での手洗いの動機はというと、もう少し踏み込んだ性質のものがあります。

それは、『接触感染により、自分が感染する。あるいは、自分が感染のキャリアとなり、不特定多数の者へ伝播させるのを防ぐため』です。感染経路は他にも、インフルエンザや風疹などの飛沫感染や、二枚貝などを摂取したことによりノロウイルスに感染するタイプの経口感染などもありますが、その中でも『接触感染』に対しては、この手洗いの効果がかなり期待できるといわれています。接触によって感染するのが知られているものとして、MRSA、緑膿菌感染、急性胃腸炎、ノロウイルス、B型・C型肝炎などがあります。

MRSAは健康体の人であれば菌が付いても自分の抵抗力によって駆除してしまうため、免疫力がある通常の場合は特に問題はないとされているものですが、例えば高齢で体力が無くなってきたり、術後などで免疫力が弱まっている時などには発症しやすくなります。

罹患すると、咳やくしゃみ、発熱などの風邪に似た症状が出まして、下痢や黄色の痰もみられるようになります。慢性化すると肺炎や敗血症になることもあります。MRSAの最大の難点として、『抗生物質が効かない』という点があります。そのため、発症すると事実上治療の施しようがなく、患者の体力のみが生存のカギとなっているのが現状であるため、感染予防の面では特に慎重となっています。

ノロウイルスの場合は、十分に加熱処理をされていない貝類などを摂取する、つまり『お刺身を食べる』ことにより経口感染で発症することが多く、下痢や嘔吐を引き起こします。通常は2~3日で治癒するのですが、このノロウイルスの厄介な点に『集団感染を引き起こす』というものがあります。例えば、ノロウイルスに感染した利用者が嘔吐をし、その処理を介護者が行ったとします。この時、その処理が不十分ですと、ノロウイルスの菌が付いた手で鼻を擦ったりした後に体内へ菌が侵入し、その介護者までもが感染する。あるいは、その介護者から伝播し、ノロウイルスの菌が他の利用者へ感染する。ノロウイルスには、こういった接触による『二次感染』があり、厳重に注意されています。

 

介護施設などの場合では、例えば利用者がお正月などで家族の元へ帰るために外泊し、数日後施設に戻ってきたところ「何だかお腹が痛い。吐き気もするような…」などと訴え、その日の夜勤帯で突然の嘔吐。

検査してみると、ノロウイルスが陽性であった等の事例が聞かれたりします。この場合、ノロウイルスは治癒するまで『隔離対応』が原則であり、嘔吐物や便などもむやみに居室外へ出さないこと。居室内にゴミ箱用のダンボール箱を設置して二重に重ねたビニール袋も用意し、その中にペーパーなどですくうようにして回収した嘔吐物や便などを入れ、口を縛って密閉します。

この時、消毒液もたっぷり入れ、そのまま24時間経過後、ゴミ処理します。ノロウイルスの消毒液は次亜塩素酸ナトリウム、つまり家庭用のキッチンハイターで作るのですが、濃度は1Lの水に5mlのキッチンハイターを入れることによって作ることができます。この5mlの量は、ちょうどペットボトルのキャップ一杯分程度です。

注意点としては、その消毒液はスプレータイプではなく、ボトルタイプとして使います。スプレータイプがNGなのは、吹きかけた時に菌を撒き散らかすことが懸念されるためです。ノロウイルスに罹った利用者が使用した紙コップなどは、使い捨てが原則。

ちなみに、スーパーなどでよく見かける消毒用アルコールは、MRSAでは効果がありますが、ノロウイルスに対しては全く効果が無いので、ノロウイルスの場合消毒液はアルコールではなく、必ずキッチンハイターを使用してください。

ここまで徹底しているにも関わらず、接触感染にはもう一つ『不測の接触』というものがあります。

文字通り、『予測できなかった接触』です。

例えば、ノロウイルス患者の汚物処理をキチンと手袋をして行ったにも関わらず、その手袋を脱ごうとした時、自分の腕の部分にうっかり触れてしまい、そのことに気がついていないというもの。

その後、掌や手背、指間、手首などを入念に洗いますが、先ほど触れてしまった腕の部分まで洗っておらず、その状態で他の利用者の介助─という状況もあります。これを繰り返すと、どうなるかは自明の理でしょう。

ゆえに、医療・介護現場では『標準予防策(スタンダード・プリコーション)』として、この手洗いが最重要予防策とされています。これを徹底することによって、今回ご紹介した感染の恐れを未然に防ぐことができるのです。

 

 

それで本当に大丈夫?あなたの『手洗い』

 

これまで手洗いについてと、なぜ手洗いが必要なのかをご紹介してきましたが、では実際に手洗いをした時、入念に手を洗ったつもりでも、本当にキレイに洗えているのでしょうか。

ある医療機器メーカーが、手洗いについてとても興味深い内容を紹介しています。それは普通に手洗いをした時、一般的に洗い残しが多く発生しやすい箇所はだいたい決まっている、というものです。

まず、手指衛生のやり方を見ていきましょう。

①流水で手を洗う。

 

②洗浄剤を適量取り、手のひらを洗う。

 

③手の甲を片方ずつ洗う。

 

④両方の指の間をクロスさせながら洗う。

 

⑤手のひらで指先や爪を弧を描くようにして洗う。

 

⑥片方ずつ、親指を包み込むようにして洗う。

 

⑦手首を回しながら洗う。

 

⑧流水で、しっかり洗い流す。

 

⑨ペーパータオルで拭き、しっかり乾燥させる。

 

という段階を踏んで行います。しかし、これはしっかり意識していないとなかなか行えないものであり、一般的な手洗いではまずここまで念入りには洗わないでしょう。

ここで本題なのですが、メーカーによると一般的な手洗いをした場合、上記の段階のうち⑤と⑥がすっぽり抜けてしまっていることが多いというのです。

つまり、しっかり手を洗ったつもりでいても、大体の人は『親指全体と指先』は洗っていないというのです。指先や親指は、鼻を擦ったり、唇などに触れたりする機会が他の部位よりも特に多いです。手を洗っているつもりが、全く清潔に洗えていないという現実。いま一度、意識してみる必要がありそうです。

 

 

 

普段、何気なく口にされている『手洗い』。あまりにも当たり前過ぎて普段全く意識していないことですが、自分が処理一つ怠ったことが原因で集団感染を引き起こしてしまう可能性もあります。それを解決してくれる最も優れた対策が、『手洗い』なのです。

当たり前と認識されていることは、実はその中身が非常に深く、世間一般に大いに広める価値があるからこそ、『当たり前な存在』に成り得ているのかもしれません。医療や介護の現場のみでなく、普段の生活にもこういった手洗いを取り入れてみてはいかがでしょうか。

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